
まだ小学校が古い木造校舎の頃だったから低学年のときだった。それが誰だったのかもう忘れてしまったけれど、「ちょっと驚かせてやろう」といたずら心を起こして、朝、登校時、僕は一足先に下駄箱で靴を履き替えてから相手が廊下にあがってくるのを壁のうしろで待ち構えていた。するといよいよその相手のやってくる気配がしたので、いきなり壁から顔を出して「ワッ!」っと言ったら、驚いた相手はクラスでも活発で人気のあった女の子だった。それはまったく予想外のことで、その時にはこちらの方がよほど驚いてばつがわるかった。そして一番こたえたのは、「もう、かずやくんなんか大嫌いっ!」とその子に言われたことだった。最近、なぜかその時のことをよく想い出す。そうして、彼女に対して悪意が決してなかったことを伝えたいと思ったけれど、とうとうそれは出来ずに終わった。そういうことは子供の頃からよくあった。こんなに極端なことでなくとも、自分がやったこと、言ったことで相手がわるい印象をもっただろうことは感じるのだけれど、決して悪意はなかったことをどんな風にして伝えればいいのかがすぐ頭に浮かんでこない。「あっ、ごめん。相手間違えた。」があの時言えなかったように。目の前で起こったことにただただ自分が驚くばかりで、ずっと後になって「こう言っておけばよかった。ああしておけばよかった」と後悔することを繰り返している気がする。そして大人になっても同じようなことはあって、息苦しいと思う元になっている。
中学のとき、好ましいなと思う人ができて、僕はそう思うとどうしてか相手の方をずっと見てしまう癖があったようで、3年生になった時だったか、その子が友達と目の前にやってきて、その友達の方が「かずやくん、この人とまたいっしょのクラスになれて良かったね」と言われたことがある。「そうやね」と言えばよかったのに、突然のことで驚いて「何が?」と、相当つめたい反応をした。するとその自分のとった態度がずっと後まで頭から離れず、高校2年の夏にその人に当時のその態度についてお詫びの手紙を出した。匿名で。それから後、高校を出て一度だけ出た同窓会の場でその相手と再会したけれど、ビクッとされたのはわかったものの言葉を交わすことはなかった。修復の機会を2年半後に作ろうとしたのは、相手にとってそれはとても意味不明なことだったのだろう。謝るのならなぜその時でないのか、というのがふつうの人の感覚というものなんだろう。でも、それが僕にはとっさに出来ないことが多い。
前の職場の夢を久しぶりに見た。僕は周囲の人よりもどうやら遅れて作業にとりかかるという場面だったのだけれど、とりあえずこれをしなければと思って指図に従ってその作業をしようとしたら違う人がやってきて「これとこれをしておいて」と言われる。するととっさに「はいっ」と答えるのだけれど、目前の作業にも時間がかかりそうなのに、今言われたことをきちんと覚えておいて比較的はやくに取りかかれるものだろうかと考えていたらやっぱり後から言われたことを忘れてしまいそうになって・・・というあたりで目が覚めた。現実でなくてよかった。
前の職場では、用事で違う部署に行ったとき、「ねえねえ、私のことを覚えてる?」と突然言われて驚いたことがある。中学校のとき、隣のクラスだったというその人を、僕はまったく覚えていなかった。相手はちょっと意外な様子だったけれど、それからしばらくは同級生だった子の近況やら同窓会があることを知らせてくれたりしてもらった。やがて、あんまりこちらに中学時代への思い入れがないことや、その頃のつながりを求めていなさそうな様子を知ると、普通に他の職員さんと接するくらいの、形式的なあいさつをする程度の間になった。

子供のころに一番驚いたことのひとつは、自分が目にしているものの多くが人の手で作られたものである、ということだった。それまでは「身の周りにたくさんのモノがあるけれど、それはどうしてそこにあるのだろう。どこから来ているモノだろう」という感覚でいた。自動車のような、明らかに大きくて人工物然としたものは人が作ったと理解できるのだけれど、それ以外の目に触れる日曜品のようなものたち、これらはどうしてそこにそんなにたくさんあるのだろうと漠然と思っていた。それがある時、すべて人が作り出しているものだと気づいた時の驚きを今でも覚えている。そうしてだいたいのモノは大量生産の仕組みが出来ていて、自分が想像するほどの「苦労」をしなくてもどんどんと出来上がってこの世界にあふれているのだとようやく理解できてきたのは、そのずっと後だった気がする。
10代の終わり頃、今ではかなりマシになったものの、町で目にする雑多な看板類やそこに書かれた文字、電柱に張り巡らされた電線などを見ているととても疲れを覚えた。逆に、見た目が複雑であり雑多でも、そこに「意味」を見つけられる場合はむしろ興味を覚えた。一番エネルギーにあふれていたはずのあの頃、日常の動作の途中で突然フゥーっと身体から力の抜けるような感覚が出てくることがあって、これは何なんだろうと思った。それは一緒にいる人間にも明らかにわかるような時もあった。
最近は神頼みをよくしている。大人になり、中年域になるとますます物事はほとんどうまく運ばないようになってくる。自分にそれを解決していく力が足りないと感じると、まず問題にぶつかろうとしないことを選び、人を頼り、そして人を超えた存在にも頼りたくなってくる。両親が入院した時にはお守りをもらいに行ったし、最近では家の改装で大工さんがけがをした時にもそうした。一度、あじさい寺と呼ばれている奈良のお寺に、あじさいの時季には少し早い頃行ったらお地蔵さんが立っていて写真に撮ってかえったものを両親はとても気に入ったようで、入院した時にはいつもそれを持っていったし、家では「神棚」となっている場所に額にも入れずL判のまま置いてある。母親には母親の「神様」的存在があり、どこの何かもわからないような石を大切にしていたりする。父親は、自分自身が緊急事態でない時には、神仏を興味の対象に見ている場合が多い。最近は、昔地元に置かれていた観音菩薩像の群がどこかへ行ってしまっているようだということに興味をもっていて、それらしいと思われる像の置かれた寺があるというので興味もないままそこへ連れて行った。8月に最初に訪れた時、並んでいる像を漠然と撮っておいたら、今度はそれを正確に全体正面から写して背景をなくしてA4におさめた形で印刷してくれという。いくつか、頼まれてそうしてみたら全体をそうしてみたくなったようだった。それでおとつい、もう暗くなりかけていて条件がわるかったけれどもiPhoneのフラッシュを照明がわりに常時点灯して片手でもち、なんとかすべての像を写しおわって、今はその背景を消してA4に、という作業をしている。フォトショップの自動選択ツールを使うと像の輪郭だけを割と短時間で選んでくれるので、それを別レイヤーにペーストして余分なところを消しゴムツールで消している。割と雑になっているところもあるけれど、今はこんなところで、ちょっとでも物事が平穏に運んでいけばいいのにと思っている。