
しばらくノートを書く気力が失せていたけれど、またゆっくり再開していこうかと思う。
セミが鳴くようになった。子どもの頃、父方の田舎へ帰るのに、夜中にこちらを出発して早朝に着くようにするのが決まりだった。そうして朝方、親族そろってお墓参りをするのだった。叔父は工場を経営していて、一度「よし、今日は社長じきじきに運転してやろう」と、お墓へ向かうために僕らが乗ったワンボックスカーの運転席に張り切って座っていた光景なんかを想い出す。その後、叔父は市会議員選挙に出ることになり、自営のうどん屋をしていた両親もたびたびその手伝いに出かけたので僕や弟もそのお伴をした。大人の行事で誰もかまってくれる人もなく暇だったけれど、僕は一人で遊ぶのは好きだったから、お気に入りのおもちゃを持って行って選挙に夢中な大人に安心し、遊んでいた。あの頃の選挙は汚いもので、接待などは公然と行われていて、普段は車庫として使う場所にテーブルを並べ、両親も手伝って作っただろうごちそうが出され、特に運動に関係しない人も食べていた。臨時の食堂が出来たみたいなものだった。今、あのときの事を母親と話すと、決まって「本当は商売が忙しかったのに・・」と、とても悔しそうに話す。
今でも、8月の初旬にはお墓参りはあるに違いないのだけれど、僕は小さな頃から親族に出会って話をするのが苦手で、行きの車中ではよく泣いていた。帰りには機嫌が良くなる、と母親が話していた。高校あたりからお墓参りに行くことも苦痛に感じられ、もう長い間行っていない。20年くらい前、自分一人が先祖の供養にも行けないことを罪に感じて、両親を車に乗せて親戚に顔を合わすことなくお墓へ行き手を合わせたことがある。あれから、やっぱり行けない。今頃の時期になると気持ちがそわそわする。