久しぶりの場所

ここのところずっと、頭の中でもやもやとしていることがあり、それは親に関して、ある選択をしておくということだった。たまに弟と話をした時に、そのことについて僕が思っていることを話し、そして弟の意見も聞いていたので、今朝起きた時に「この方向が一番いいんじゃないか」と思って、母親とふたりの時にそのことを話してみた。やがて父親も部屋に来たので、この際だからと、「こうしたいと思うのだけど」と話すと、父親は若干納得のいかない様子を最初見せたけれども、僕が「この方法なら皆に中立的で、いちばん都合がいいんじゃないか」というようなことを話すうちに、次第に話を聞いてくれるようになった。そして、そのことについては一度説明書も取り寄せて、また検討してみることにした。
お昼から、以前から確保している山中の狭い土地を「見に行こう」と、父が珍しく僕に言うので、犬を連れて二人でそこを訪れた。

30年近く前、その同じ場所へ「さかき」や「しきび」を採りによく出かけていた。僕はひきこもりの最中で、けれどもそうして商売に使う樹々を採取しに山へ出かけることは出来た。僕に一番なついてくれていた白茶の中型犬を連れ、カローラのバンで出かけた。今から考えるとあの頃は父も僕もやはり若く体力があったのだなと思う。車を道の端に停めておいてから、山の斜面の細い道を上り、さらに奥深くまで歩いて、目当てのものが固まって生えている場所でたくさんそれらを採って束にしては、帰り、高所に建てられた鉄塔のあたりでしばらく休みを取り、束をかついで斜面を下りて車まで戻ってきた。
その頃、いつも僕らの後に付いたり先行したりして同様に山中を歩いていた犬が、山の斜面を下りようかという時に猿がいるのを見つけて追いかけ出したことがあった。僕はそれを止めようと彼の名前を一生懸命叫んだけれど、当人は猿を追うのに夢中で聞く風でなく、そのままにしておくと戻ってくるのに時間がかかりそうだったから僕も彼の後を追いかけた。すると、ちょっと先の方で木の上にいる数匹の猿を見上げて吠える犬の周囲に、他にも猿の姿がチラホラと見えて、僕は、「これはもしかすると自分も猿に攻撃されるんじゃないか」と怖くなり、最後に犬についてくるように言ってからそっとそこを離れて斜面を降り、車まで戻った。
先に戻っていた父親に経過を話して、もう一度二人して大きな声で山に向かって犬の名を呼ぶけれど、「ワンッワンッ」という威嚇の声は聞こえても、全く戻って来る気配がなかったので、仕方なく彼をそのまま山に置いていったん家に戻ることにした。夕方、再びそこへ戻ってみると、犬は墓地の水飲み場に巧みに前足を置いて、一生懸命水を飲んでいた。あきれて「おい、お前!」と呼ぶと、こちらを向いてうれしそうに駆け寄ってきた。

今日行ったその場所は、20年前とそんなに変わりなく思えたけれど、当時から道沿いにあった墓地はさらに拡張されて、イノシシを避けるフェンスが設けられていた。父はフェンスにかけられていた区画図を見ながら場所を伝えたので、僕らは車を降りてそこを見に行った。まだ何にも立っていないけれど、方形に石で囲まれ雑草も取り除かれている。父親は「これは、誰かが草引きしてくれはったんやなあ」と言う。やがて、自分たちの場所の世話をしに来られたお父さんとその息子さんたちが、石をきれいにしたり水を汲んできて花をいけたりされ始めて、誰にでも気さくに話しかける父親は「どちらから?」とか話を始めた。紐もつけないで連れて来た犬が、おそれていた通り、その方々の周りを無作法に歩き回り、呼んでもなかなか捕まえようとさせない。最後にはバケツに汲んでおかれた水も飲もうとするのでほんとうに恥ずかしかった。
僕は、物事を進めるとき、たいてい衝動的に進めてしまう。計画的に何かをする、のが苦手だ。試験勉強も追いつめられて一夜漬けで臨むことが多かったし、小学生の頃は夏休みに家でのんびりと過ごし過ぎて、宿題に何一つ手をつけていないのに、ある日ふとカレンダーを見たら休みがあと数日しか残っていないのを見て震撼としたのを想い出す。そして、たいてい休み中に宿題を終わらせることが出来ず、学校が始まってからだましだましやったり、結局できなかったりした。
「計画的に物事を進めるのが苦手」な割には「先の見通しが立たないと不安が強くなる」という性質もあるので、この相矛盾した傾向のために小さな頃から苦しめられた。
お借りしている父の庭の家に戻ると疲れが出てきて、横になったらそのまま夕方まで寝ていた。起きると、父は玄関先を掃いて庭に水を撒いていた。そのまま夕方の買い物をして、暑いのにうどんと、鶏や白菜、水菜を入れた鍋を作った。僕は味の感覚がよくわからなくなってしまっていて、かなり薄めだったらしく、母親が最後にだし汁を入れてうまく食べれるように調節をしていた。